娘が貧血治療のため鉄剤を飲み始めて3週間ほど。
いきなり動ける日があったかと思えば再び足回らない期に突入したりと調子は上がったり下がったり。でも効果があらわれてくるのは1カ月後が目安といわれていたので、なんとか耐えつつ過ごして、そして全国予選につながる市の大会を迎える二日前のことでした。
娘、人生初の肉離れ。
大会ではなく記録会でもなくましてや練習でもなく、体育での肉離れ。
一報を受けたときには「嘘でしょ」と。。。だって大会はもう明後日。そこを通過しなくては全国標準記録がかかった都道府県大会にも進めないというのに(つまりそこで全国への道は断たれる)。
娘自身は深刻さの気配は薄く「痛くない、大会には出る」の一点張り。なのにジョグですら足引きずっていて、痛々しいことこのうえない。泣
学校が終わって即、帰宅させて、スポーツ整形へ。医師の先生の見立てでは軽度の肉離れ。痛む場所は座骨周辺、確定診断は出なくて、週明けを待ってMRIを受けることに(混んでてその日に診断を受けられず)。
出場していいかどうか、娘は聞かなかったです。
「出るので痛み止めをください」と。
医師の先生の見立てでは、程度としてはおそらく軽く、2週間程度で回復すると思う。
ただ言われたのが、程度は軽いけどやったタイミングが最悪だねと。最初は痛みが出るのと、受傷した状態で全力疾走することでさらに怪我を重ねるリスクがある…とのことで。
というか2日後の大会をどうする?
予定していたのは100,200,リレーと3競技。とりあえず足を引きずっている現状、私としてはまず「あさって出る?可能なの?」というところから。娘は「出ないことは考えてない」。
まぁ、ですよね。。。
肉離れって、とりあえず動けることは動ける。走れることは走れる。特に娘の場合は軽度ではあるし…でも、痛みある状態でタイム出るのかはまた別の話だし、強行出場して悪化した人も知っているし。
顧問の先生は「200の予選1本に絞って市を突破しよう。決勝と、リレーと100mは棄権」。対して娘「絶対にリレーは捨てない」と頑固な様子。
それもそのはず、昨年だってリレーは市で敗退していて、自分の怪我(そのときは腰椎分離症)のせいだと責任を感じていた娘。
自分の力不足を実感して、3年生の市大会では100,200,リレーの予選決勝の計6本を走りきると決め、そのために冬季だってがんばってきたのに、それが200の予選1本になるなんて。そしてリレメンの中には、リレーで市を突破しなければ都道府県の舞台に立てない子もいる。
経緯も状況も知っているだけにどう声をかけていいかもわからなくて。
まず、100m1本だって走りきれるか怪しいような足の様子だし、走り切れたとて突破できるタイムなのか…。
娘の個人競技なら、200,100はパワーを落としても市は余裕もって通過できる。
リレーは全員が普通に走りきれば突破できるレベル。
都道府県へ通過できる可能性でいうと200>100>リレーの順になる。リレーはベストから少し落ちれば突破は危ういかもしれない。
そして、怪我で状態が落ちているなら通過の可能性の高いものから選ぶべきで。200m1本突破という先生の判断はごく真っ当なのでした。
悩みながらの二日間
じっと手をこまねいているわけにもいかない、そこからの二日間。
ひとまずギリギリまで決定はしないということで、当日まで粘ってみることになりました。
スポーツ整形に行ったあとはかかりつけの整骨院で助言をもらい、ケアしてもらい、終わった頃に顧問の先生から「ここへ行って」とちょっと遠い鍼灸院を紹介されました
翌日の金曜は学校を遅刻してその鍼灸院へ。
土曜の大会に出られるようにしてください、と伝えて施術を受け、翌日の大会の朝にも診てもらえることに。この日は私は仕事で同行できず、娘ひとりで電車を乗り継いではるばる受診しに行っていました。
自分の目的のために、はじめての病院に自力で電車を乗り継いでいく。いつの間にかそんなことできるようになっていたんだな、と変なところで成長を感じました。
そして迎えた大会当日
そして迎えた大会当日(親はほんと祈ることしかできない)。
リレーは絶対に出ると言う娘に、顧問の先生が提示した条件は「まず200mで突破すること」。そこで走り切れたらリレー出てもいい、と。
そして200mの予選。
スタート位置について、一本の流しはスタート動作もほぼ確認せず、ごく短い距離で終えてスタブロへ。
スタートの姿勢はいつもと変わりない。
号砲が鳴った瞬間、思い切りのいい飛び出しに、はじめの数歩。痛みはあるはずなのに、気持ちの強さを感じました。最初の数歩のスピードで、見ていて「これならきっと走れる」と…!
いつもより少し起き上がるのが早い。前傾が痛いと言っていたからかな。
スピードをゆるめずコーナー、いつもの勢いはないけれど確実に同組の中で突き抜けてくる娘の姿。がんばれ、なんとか保って。祈るような気持ちで見守るいつもより長く感じる最後のストレート。ゴールしたタイムは27秒1、でした。
決していいタイムではないけれど、この日は気温も低く全体的に低調で、25秒台はおろか26秒台も1,2人しか出ていない状態。市大会の突破には十分なタイム!
これで、全国へのチャレンジとなる都道府県大会への挑戦権を得ました。
200mで突破はしたけれども
「突破したから、リレー走る」そう言って帰ってきた娘に顧問の先生が告げたのはリレーの棄権。200の走りを見た結果の判断でした。
親としては「仕方ないよね」。だって突破はできたけれど普段の走りにはほど遠い。
その状態で走ったところでリレーで突破できるかはかなり危うい。であれば再発のリスクを抑えるのは妥当な判断なのだと思います。
ひとり崩れたらチームが崩れる。選手層の薄い中学での課題を2年連続で実感した市大会となりました。
救いもあって、それは2年生の後輩ひとりが個人での都道府県進出を決めたこと!娘にとっては大きな救いになったと思います。
そして、その後。
そんなわけで、なんとか駒を進めて都道府県大会へ望みをつなぎました。状態的にはギリギリだけども順位的には終わってみればわりと余裕の通過。
でも、ここからはまた、怪我を治して調整して、全中標準突破を目指さなきゃならない。今年まだ一度も全中標準を切れていない娘。しかも今年は200mの切符のみ。
…できるのか!?笑
それにしても、土壇場でも娘本人はあまり動じる様子もなく「出る絶対走る」の一点張り。めちゃめちゃ通常運転。そして頑固。競技場で何度聞かれても一度も「痛い」って言わなかったのは偉かったというかなんというか。
親としては呆れるのですけど、競技者としては娘にリスペクトしかないです。
あぁでも呆れるかも。。。最後リレメンの後輩に止められてたもんな…。
リレメンの子たちは「個人を優先して」と怪我のあと連絡をくれた子がいたり、その場で止めてくれた子もいたり。中学生の友情を見てなんだか泣けてきたりもしました。
まだ挑戦は続きます。
どんな道を進もうとも応援してる!